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No.20
2270文字, 2026.01.31 14:50
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ヴァレンティオンデー
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ヴァレンティオンデーが近い時期、町中もなんとなく甘い香りがするような錯覚を覚える。星芒祭や守護天節の楽しげなものとはまた違った趣だ。
そんな少し浮ついた空気の中、イルガハイスはグリダニアの園芸師ギルドにて花の世話をしていた。しばらく前に暇を持て余してマーケットを徘徊していたところ、忙しそうな園芸師たちを見かけて自ら手伝いを申し出たのだ。
ヴァレンティオンデーには贈り物としてチョコレート菓子や花がよく選ばれるが、特にアーゼマローズは需要が多い。情熱的な赤と芳しい香りにのせて、意中の相手に想いを伝えるために花束を贈る者もいる。
園芸師ギルドも入念に準備をしているが、行事の直前はどうしても慌ただしくなってしまう。人手はいくらあっても困らない。
「しばらくお会いしないうちに、また園芸師としての腕も上げたようですね」
そう言ってフフチャが立ち上がり、膝についた土を払って振り向く。イルガハイスに園芸師が何たるかを最初に教えたのはギルドマスターの彼女だった。
「フフチャがそう思うんならそうなんだろうな。自分じゃいまいち分かんねーから」
「売り物にするための花を任せられる人は、そう多くはありません。あなたが来てくれて助かりました」
師に褒められるのは、くすぐったい気持ちがありつつもやはり嬉しかった。
手伝いは今日で最後。戦闘がない日々は久しぶりだったが、悪くはなかった。
アパルトメントに帰る支度をしようと荷物をまとめていると、
「イルガハイス、これを」
フフチャが渡してきたのは、いくらかギルの入った袋と――一輪のアーゼマローズだった。
「いらねーって。俺から手伝うって言ったんだから」
「ただ働きをさせたとあっては、園芸師ギルドのマスターとして失格です」
私の顔を立てると思って、と言われては受け取るしかない。
「花は? 売り物だろ?」
「それも報酬です。あなたの大事な人に渡すも、部屋に飾っておくもご自由に」
別れの挨拶し、フフチャは再び畑に分け入っていった。
アパルトメントへの道すがら、報酬にもらった花を眺め回す。見てきた中でも、特に出来が良いものに見えた。
こういう良し悪しが分かるようになったのも成長なのかなぁ、などと呑気に思っていたが、フフチャが言っていたことを思い出す。部屋に飾っておくのもいいけれど。
――大事な人に渡す。
両親、姉、兄弟子を始め、今まで自分に関わってくれた人は皆等しく大事だ。しかし花はひとつしかないし、買い足して全員に配って回るのは現実的ではない。
誰か一人にしか渡せない。
そう考えた時、ふと脳裏に浮かんだ顔――
「イルガ」
その人がたまたまアパルトメントの前にいた。
「サンクレッド」
暁の(表向きの)解散以来、皆と顔を合わせる頻度は減ってしまった。石の家やシャーレアンに行けば顔を見られる者もいるが、一所に留まっていない場合は会おうにも会えない。エスティニアンは相変わらず放浪しているようだし、サンクレッドとウリエンジェも、各国を巡って情報集めや偵察に勤しんでいる後者であった。
石の家に顔を出しているのか、時折こうしてついでに会いに来る。
「久しぶりだな、土いじりでもしてたのか?」
「ここ最近園芸師ギルドの手伝いしててさ、今日が最後だった」
「なるほどな。隠居でもしたのかと思った」
「たまたま何もなくて暇してただけだよ」
寄って茶でも飲む? と尋ねると、サンクレッドは首を横に振った。どうやら今回は予定の合間を縫って顔を見に来ただけらしい。いつもであれば一晩くらい付き合ってくれるのに。
落胆が顔に出たのか、サンクレッドが少し眉を下げて「悪いな」と言った。
このまま別れたら、次に会えるのはいつだろう。
無意識に手を握りしめて――その中にある花の存在を思い出した。
「…………」
リボンも何もついていない、フフチャが簡易に紙に包んでくれたままのアーゼマローズ。
それを差し出した。
「これ、やる」
「花? 珍しいな、お前が」
「手伝いの報酬でもらったんだ。もうすぐヴァレンティオンデーだから、その……大事な人に渡せって」
言われたことをそのまま伝えているだけなのに、なんだか気恥ずかしくなって目を伏せる。
「大事な人はたくさんいるけど、みんなの分はないし。誰か一人を選ぶなら、俺は――」
皆、本当に大事な気持ちに嘘偽りはない。
それでも、あえて選ばなければならないのだったら。
「サンクレッドにあげたいって思った」
「…………」
するりと花が手の中から抜ける感覚がした。顔を上げると――
「ありがとな」
ほんの少し頬を赤らめて、目を細めて微笑む彼がいた。
それを見て、何故だか泣きたくなった。悲しいわけではないのに。胸が痛い。何処か悪いわけでもないのに。
抱きしめたいと思った。でも困らせるだろう、と思うに留まった。
何か言いたかったが、喉が詰まって何も言葉が出てこなかった。
「大事にするよ。……またな」
優しく頭を撫でて、今度こそサンクレッドは踵を返した。振り返らない背中を見送って、詰まっていた息を吐いた。力が抜けて、しゃがみこむ。
泣きたい。胸が痛い。触れたい。
別れたばかりなのに、もう話したくて仕方なかった。
「……早く会いたいなあ」
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